小田原北条氏に仕えた風魔忍者について
以前、小田原のあじさい花菖蒲まつりの投稿をした際に、詳しくお伝えできなかった小田原城NINJA館(小田原城歴史見聞館)の報告です。
小田原城址公園のあじさい花菖蒲まつりも6月15日までです - あちこち旅日記
戦国時代に小田原の北条氏に仕えた忍者は風魔(風間)忍者と呼ばれていました。
忍者の起源は、鎌倉時代の「悪党」に遡るといわれています。当時の「悪党」は幕府と主従関係を結んでいない武士で、反抗的な者を指していました。そんな彼らは、有力な武士(大名など)からお金で、スパイ活動や放火、夜討ちなどの汚れ仕事を請け負っていたとされています。全国にこうした忍者は存在していたとされますが、風魔忍者は小田原に定住し、北条氏の家臣として仕えていたユニークな存在でした。
北条氏が秀吉の小田原攻めで敗れて滅亡すると、風魔一族は仕える先を失い、江戸周辺を荒らし回る盗賊集団になっていったといわれています(時代劇などで伊賀忍者がヒーローで、風魔が悪役となることが多いのはこのためでしょうか)。しかし、この裏には秀吉の手先となって小田原攻めで活躍し、戦後この地に入封した徳川家康への恨みがあったとの説もあるようです。
この風魔忍者について学べると同時に、忍者体験のできるアトラクションが楽しめるのが、小田原城NINJA館です。
入場料はわずか310円と格安。
混雑を避けるため、入口で10人ずつのグループに区切られます。混雑時には1時間以上も待たされることもあるそうです。
頭の風魔小太郎は、身長7尺2寸(218㎝)の大男で、口が避け、4本の牙が出ていたという伝説が残っています。
忍者といったら、やはり手裏剣ですね。
人数が揃うと忍者体験(修行)に出発です。撮影自由なのはうれしいです。まずは、変装術から。
忍者に返信します。
侵入術
忍者が五輪種目のボルダリングに出場したら、金メダルをとれていたかもしれませんね。
水術
隠形術
からくり屋敷に合言葉が隠されているらしいのですが・・。
掛け軸の裏に隠し部屋を発見。
記憶術の修行でしたが・・・・。
分身術は本当にレンズを使っていたのでしょうか。
合言葉のテストがありました。記憶術に至る前に合言葉が見つけられず。できないと「さては曲者」と呼ばれてしまいます。
隠形術
歩法
抜け道で出口を急ぐか、戦いに臨むか?。もちろん戦うでしょう。
こちらは2人でしたが、3人家族の方とご一緒させていただきました。5人揃うとかなりの戦力になります(というか人数多いほど有利なようです)。
この日25組中2位の「達人忍者」に認定されました。
大人げなく遊んでしまいましたが、小さいお子様連れの方、特におすすめです。外国人観光客にも人気があるようです(知人は「母は芸者です、父は忍者です」と自己紹介すると外国人にウケると言っていましたが、本当でしょうか)。
常磐木門の前にも手裏剣投げコーナーがあります。
天守閣の前ではくのいち忍者の決闘が見られました。
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