すっかり観光地になっていた大内宿:会津バスツアーに参加してきました②
大内宿は、今回の旅行で最も楽しみにしていた場所でした。
大内宿は江戸時代における会津西街道の半農半宿の宿場で、明治期の鉄道開通により宿場としての役割を終えましたが、茅葺屋根の民家が残る風情が残っており、1981年(昭和56年)に重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。
この大内宿に前回行ったのは、重要伝統的建造物群保存地区として選定されてから間もない時期でした。喜多方に宿泊していた際に、宿の方に教えていただいて訪ねたのがきっかけでした。最寄りの湯之上駅からのアクセスは徒歩しかなく、1時半近く掛かった記憶があります。今では、バスの便も出ているようで、隔世の感があります。
駐車場には観光案内所があり、地図等をいただいておくと便利です。
こうした茅葺の民家や商店、民宿などが並んでいます。
側溝には清流が流れています。
「美人専用」とのプレートに恐縮した妻は座るのを強く固辞していました。
蔵造りの民宿は人気のようです。
平安時代に平清盛の全盛期に反平氏の挙兵をした高倉宮が戦いに敗れて潜伏したと伝えられている高倉神社。
江戸時代に名主だった阿部家。明治時代には郵便物取扱人を担っていました。1878年にイギリス人女性紀行家イザベラバードがこの地を訪ね、著した「日本奥地紀行」に阿部家に宿泊したと書かれています。
江戸時代初期までは会津西街道は参勤交代に使われ、本陣がありました。この本陣を復元した街並み展示館です。
街並みを進むと突き当たりにある浅沼食堂。扇屋の分家に当たります。
浅沼食堂の裏手には小高い丘があります。
上から眺めると結構な急会談です。
上には子安観音があります。
この丘からの眺めは、観光ガイドによく掲載されていて有名です。
緩やかな迂回路もあります。
下り坂の途中に正法寺があります。
帰り道に、おそば屋さんで昔なつかしいラムネをいただき、休んでいきました。
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