緑が多い前橋公園:群馬の高原と温泉の旅⑥
群馬の旅の最後は県都・前橋に寄ってきました。
前橋というと今はお騒がせ市長で話題持ち切りですが、これを全国放送で何度もとりあげるのはいかがなものでしょう。同様なことを外国の元首がやったとして、選挙権もない我々があれこれコメントするのは余計なお世話です。前橋のことは前橋の方が決めるべき話であり、兵庫県や伊東市のことも全国ニュースでとりあげるなら、少子化対策や地球温暖化対策、熊対策、外国人問題など国論が割れる問題、コメの生育状況そして自民党総裁選(これは自民党員90万人の問題だけでなく、時期首相の有力候補を決める重要なイベントです)、台風情報、凶悪事件の状況など知りたい問題がたくさんあります。さらに、前日の大谷選手のホームランや、三苫選手や久保選手のゴールのほうが私には重要です。
ところで、群馬県というと、交通の要衝である高崎が一番大きな町だと思い込み、県庁があるのは前橋だということを忘れてしまいます。群馬県でも両市にライバル意識があるようです。
両市を比較すると、人口は高崎市が37万人弱、前橋が33万人弱と接近しています。東京や近隣県とのアクセスや商業施設の集積という点では高崎に軍配が上がりますが、観光という面では前橋の方が実は見どころが少なくないようです。
前橋に寄るのは今回が初めてです。
県庁は伝統と現代が入り混じった赤レンガ造りで風情を感じます。それにしても人口188万人の県としてはたいそう立派な建物です。県は様々な行政機能を担っていますが、人口1400万人超えの都庁と比較しても、ここまでの県庁必要なの?と思えてきます。
県庁の敷地の一部には前橋城の石垣が残っています。
1624年(寛永元年)創建の前橋東照宮。徳川家康の次男結城秀康の五男である松平直基により越前勝山で創建されましたが、同家は「引っ越し大名」と呼ばれるほど転封が多かったいう歴史的な背景があります。子孫である松平朝矩が姫路藩から前橋藩に国替えとなったのは1749年(寛延2年)でしたが、1767年(明和4年)の水害のために前橋城が廃城となり、川越城に移転した際に東照宮も移転していました。現在の社殿はこの時期に川越で建てられたものが、1871年(明治4年)に移築・再建したものとされています。旧社格は県社でした。
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令和になってからも大改修が行われており、社殿はモダンに見えます。
手水舎はセンサーで水が出てきます。
境内社の厩福護国神社。1877年(明治10年)の創建で、西南の役以降の前橋出身者の英霊の奉祀しています。
緑の多い前橋公園
前橋公園にある日本では数少ないドーム型競輪場を兼ねた多目的アリーナ「グリーンドーム前橋」。前橋市が運営する施設です。
同じく前橋公園にある臨江閣は次回報告します。
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