一富士二鷹三茄子の起源を訪ねて駒込を散歩してきました
「一富士二鷹三茄子」縁起がよいとされる初夢ですが、その起源には諸説あるようです。その中でも有力とされる駒込の史跡を訪ねて散歩してきました。
まず、「富士」ですが、この地域では昔から富士山信仰(富士講)が盛んであり、その中心になっていたのが駒込富士神社でした。当初は本郷(現在の東京大学)の名主たちが浅間神社の神を勧請しましたが、1628年(寛永5年)に加賀前田氏の屋敷がこの地に与えられたことから浅間神社が移転し(本郷本富士町の地名の由来となったようです)、その後駒込の当地にある富士塚に合祀されました。
拝殿はコンクリート造りです。
この地域ではかつて茄子の生産が盛んで、駒込茄子と呼ばれていました。「三茄子」はここからきているようです。
社務は近くにある天祖神社が兼務しています。
この天祖神社と隣接する駒込病院が建っている地は、江戸時代鷹匠屋敷がありました。
この付近には駒込名主旧跡があります。
この地の名主は代々高木家が務めていましたが、現在でも末裔の方が保有され、公開されています(建物内部は非公開)。
参考になったら、「プロフィール」のバナーをクリックお願いします。過去の記事リストがあります。シリーズ通してご覧いただければ嬉しいです。