川越城本丸御殿:川越に行ってきました⑤
喜多院の次に行ったのは、川越城本丸御殿です。川越城は1457年(長禄元年)に扇谷上杉持朝が大田道真・道灌親子に命じて築城されました。
川越城には天守閣がなく、本丸御殿が川越藩の政庁として役割を果たしていました。現存する建物は1848年(嘉永元年)に建てられたものです。明治時代になると川越城は廃城となり、本丸御殿の玄関・大広間部分と家老詰所しか残っていません(川越城以外に本丸御殿の大広間が残っているのは高知城だけだそうです)。
1989年(平成元年)以来の修復工事の記録が展示されています。
中庭はよく手入れされています。
家老詰所。老中職を務めていた藩主が多かったことから、川越藩主は江戸に居住しており、実質的には家老が藩政を仕切っていました。
庭園
大広間の襖の絵は色褪せて逆にいい味が出ています。
参道がとおりゃんせの歌詞の起源となった三芳野神社。神社が川越城内にあり、一般の参詣客に紛れて密偵が城内に入り込むのを防ぐため、帰りの参詣客が厳しく調べられたことから、「行きはよいよい帰りは怖い」とうたわれるようになったそうです。
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