鉄道中央学園の跡地だった国分寺公園:鉄道の町国分寺(上)
国分寺には以前、武蔵国分寺跡や殿が谷戸公園など史跡や名水巡りをしました。
しかし、国分寺にはもう一つの顔「鉄道の町」としての歴史があります。
JR中央線、武蔵野線の西国分寺駅を下車し、南に進むと「史跡の路」があります。この通りを進み、左折して武蔵野線と府中街道を横切ると「武蔵国分寺跡」に着きます。この「武蔵国分寺跡」に隣接して「都立武蔵国分寺公園」があります。
面積11.5ヘクタールの広々とした敷地の中に、一周500メートルの円形広場とぎんなん通り、池にカモが遊ぶ姿を見ながら、家族連れが楽しめる公園になっています。
ここにはかつて、国鉄マンの教育訓練施設「中央鉄道学園」がありました。現在は機関車の車輪のモニュメントがあるだけですが、ピーク時には1000人以上が学んでいたそうです。「中央鉄道学園」は3年制の過程で、通称鉄道大学と呼ばれていました(ただし、正式な大学としての認可は下りなかったようです)。累計1.3万人が学び、ピークには1000人の学生が在籍していたそうです。
過去には国分寺方面に引き込み線があったほか、学園祭では車両の展示、マルス(MARS:国鉄からJRに引き継がれた予約発券システム)の実演が行われ、人気を集めました。しかし、1987年(昭和62年)に国鉄が分割民営化される際に売却され、国鉄の債務返済に充てられました。
(出所)交友社「目で見てわかる鉄道常識辞典」
当時の敷地面積は約22ヘクタールあり、うち約11.5ヘクタールが都営武蔵国分寺公園となり、残りの敷地には総務省情報通信政策研究所、都立多摩図書館、東京都公文書館、都営団地などが整備され、2025年1月には国分寺市役所新庁舎が開庁しています(写真は都立多摩図書館)。
また、敷地売却後の遺跡調査で東山道武蔵路が発掘され、復元保存されています。
この中央鉄道学園ですが、私にとっても思い出の地です。今から40数年前、私は受験生で都内の大学を受験しましたが、朝早い試験時間だったにもかかわらず、宿泊先を確保できずに困っていました。たまたま、高校の同級生のご親戚が国鉄関係者だったことから、その伝手で中央鉄道学園の宿泊施設で一緒に合宿生活を送らせていただいたことがありました。
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