ふるさと納税を考える:ご自身の限度額と節税効果を概算する簡便計算式
このブログでは、コロナ禍下で旅行に行けなくても「地方の特産品を気軽にいただく」方法としてふるさと納税の返礼品を紹介しています(原則、毎週水曜日に投稿しています)。この返礼品を見ていると各自治体の姿勢がいろいろな意味で現れています。
こうした中、昨年末に朝日新聞に以下のような報道がされていました。
「ふるさと納税で昨年度、自治体が寄付を受けた分から、税収が減った分や経費を差し引いたところ、全国の4分の1の自治体が赤字だったことが、総務省の公開データから分かった。人気の返礼品を扱う自治体に寄付が集中し、地方や町村でも赤字が相次いでいる。ただ、減収の大部分は交付税で穴埋めされており、事実上、仲介サイトへの手数料や高所得者優遇に税金が投入されている状態だ。」
もっとも、この記事にはいろいろな意味で聞き捨て(読み捨て?)ならない記述も含まれています(特に下線部)。今回から数回にわけて、ふるさと納税の問題点について論じてみたいと思います。
本来の趣旨は自分を育ててくれた故郷への恩返し
そのそもふるさと納税とは、正確にには居住している自治体以外の自治体への寄付行為です。地方自治体の税収が大きく偏っていることを是正するために、菅前総理が総務大臣時代の2008年に創設された制度です。
つまり、どうせ住民税を払うならば自分が生まれ育った地域にも税金を納めたいという考え方です。実際に制度創設前、故郷に納税したいというために、わざわざ住民票を移している方もいたそうです。
私の場合、現在都内在住ですが、地方都市で育ちました。幼稚園から小中高と地元の公立校でお世話になり、都内の国立大学に進学したのを機に上京しました。卒業後はまがりなりにもそれなりの企業に就職し、社内でも順調に昇進・昇給できたため、日本人の平均以上の収入をいただいてきました。当然、所得税や住民税は多く納めてきましたが、国に対しては安い授業料で教育を受けさせていただいたということから、過酷な所得税の累進課税も受け入れてきました。しかし、私への教育にお金をかけていただいたのは、東京都でも今住んでいる区でもなく、生まれ育った故郷の自治体です。この意味でふるさと納税の精神には賛同できる点が少なくありません。また、以前北海道旅行中に救急車のお世話になりました。このときは返礼品不要ということで、少額ですがお世話になった自治体に寄付させていただきました。
一方、今税金を納めている自治体に対してはそれに見合う住民サービスを受けているのか疑問があります。息子は保育園こそ私立ながらも園は区から助成金を受けていましたが、所得が高いという理由でかなり高額な保育料を徴収されていました。また、息子は小学校から高校までは私立に通っていました。私立校にも助成金が都などから出ている模様ですが、公立よりも受けている金額は当然少ないです。もちろん、これも「受けることのできるサービスの権利放棄」といわれれば仕方ありません。
しかし、あるとき自治体職員の心ない一言に気持ちが変わりました。それは、息子が保育園に入園する前、保育園の申し込みに行った際の時の話でした。ちょうどその頃妻の体調が思わしくなく休職中で、通院のためにも子育て支援が必要ということを事由にしました。すると、区の職員は「それだけ所得があればベビーシッターを雇えばよい」との言葉を発しました。さすがに怒りがこみ上げてきました。たまたま近所の私立保育園がなぜか人気がなく、欠員があったために息子はなんとか入れてもらえましたが、その時から私は住民税の使われ方に注意を払うようになりました。また、私のふるさと納税の目的に、この自治体への報復も加わりました。
返礼品でどの程度の減税効果があるのか
ところで、ふるさと納税制度ができても、当初はなかなか寄付額は増えませんでした。しかし、ある自治体の頭のよい職員が寄付者に返礼品を贈るということを思いつきました。
私も返礼品制度をことを知った当初は半信半疑でしたが、実際に寄付してみるとなかなか結構な返礼品をいただくことができました。その後、これをまねる自治体や、ふるさと納税を専業とするサイトも増え、ふるさと納税が普及していきました。
では、実際にふるさと納税をしてどの程度返礼品をいただくことができるのでしょうか。そもそも寄付額には上限はなく、いくらでも返礼品をもらうことができます。ただし、寄付額が全額税額控除になる限度額があります(また、最低でも2000円の負担が生じるので注意)。これが、実質負担ゼロ(正確には実質負担2000円)で居住地以外の自治体に寄付ができる限度額ということになります。
この限度額ですが、住民税額が予測できる方ならば自分で計算することができます(天引きされている住民税額は前年の所得に対するもので、限度額は当年の所得額で決まるので注意が必要です。
ここで、ふるさと納税額を考慮しない所得金額をY円とします。これは給与所得額ではなく、税法上の所得金額です。給与所得者の場合は、給与所得額に応じて給与所得控除が認められます(ただし195万円で頭打ち)。また、基礎控除や扶養控除、年金や失業保険、健康保険料などの社会保険料納付額、生命保険、医療費などの控除も認められます。こうした金額は給与水準だけでなく、家族構成によっても変わってきますが、給与所得1000万円~2000万円の方ならば概ね400万円前後になると思います(せめて自力でここまでたどりついてください)。
ここでYが600万円(給与所得1000万円程度)のサラリーマンの方を想定してみましょう。
この方の所得税は国税では税率表から77.25万円、住民税は60万円(税率10%)となります。合計137.25万円が年間納税額となります(なお、所得税と住民税では控除金額が異なるため、同じ給与所得でも、税額計算上の所得は変ってきます。ここでは計算を簡単にするために、両者が同じとして扱います)。
仮に、この方がふるさと納税をt円行ったとしましょう。この場合、所得税の限界税率をa%(所得金額が1単位増減する時の税率)とすると、所得税は
t×a×0.01円 だけ減ります(0.01を掛けるのは%に換算するため)。ちなみに、所得金額600万円の場合の限界税率は20%なので、a=20となります(ここでは、最低負担額の2000円は除外しています)。
また、住民税は
t×10×0.01円 だけ減ります(住民税の税率は一律10%)
しかし、これではt円寄付しても
t-(t×a×0.01+t×10×0.01)円持ち出しになってしまいます。・・・・①
ここで重要なのが住民税控除の特例措置です。住民税特別控除額の上限は住民税額の2割ということになっています。
なお、ワンストップ納税制度(5団体までの納税ならば確定申告不要)を利用すると所得税控除が適用されないので、これを利用せずにご自身で確定申告をした方がお得です。
ここで所得Y円の方がt円ふるさと納税を行った場合の特別控除額上限は以下のようになります。
(Y-t)×0.1×0.2・・・・②
ここで①②が一致するtは以下の式から求められます。
t-(t×a×0.01+t×10×0.01)=(Y-t)×0.1×0.2
ここで両辺を簡素化すると
t×{1-(a+10)×0.01}=0.02×(Y-t)
となります。
これを展開すると
t=0.02Y÷(1.02-(a+10)×0.01)となります。
これが、実質負担額が2000円の最低額で済むふるさと納税額の上限を求める簡便な公式です。(なお、所得税と住民税では控除金額が異なるため、所得の定義が異なります。ここではあくまで限度額の概算額をつかむための簡便法としてお考えください)。
ここでY=600万円の方のaは20%なので、これを解くとt=約16.6万円になります。限界税率は、国税丁のHPに出ている税率表を見ればわかります(注)。
(注:税率表のレンジ下限に近い所得額の場合、例えば695万円の方や900万円かそれをわずかに上回る方の場合、税率表よりも下のレンジの限界税率が適用される可能性があるのでご注意ください)。
16.6万円の寄付を行い、3割の還元を受ければ年間約5万円相当のの返礼品を受けることができます。これは約3.6%(所得税・住民税総額に対して)の減税に相当します。言い換えれば、これは納税リベートともいえます。所得額(600万円)に対しては0.83%ポイントの税率軽減効果があります。
高額所得者優遇というのは誤解
同じく、所得1100万円(年収1500万円のサラリーマンに相当)ならばa=33%ですので、t=37万円、返礼品受取額は11.1万円、納税リベートは所得税・住民税総額(276.4万円)に対して約4.0%となり、所得額に対しては1.01%ポイントの税率軽減効果があります。
所得1600万円(年収2000万円のサラリーマンに相当)ならば、a=40%ですので、t=61万円、返礼品受取額は18.6万円、納税リベートは所得税・住民税総額(374.4万円)に対して約5.0%となり、所得額に対しては1.16%ポイントの税率軽減効果があります。
確かに、高額所得者ほど多くの返礼品を受け取ることができ、税率軽減効果は高額所得者ほど大きくなりますが、もともと高額所得者には累進税率が適用され税負担が重いため、上限一杯まで寄付をしても、税負担をほんのわずかに軽減させるにすぎず、過酷な累進税率を大きく緩和させるような効果はありません。ふるさと納税制度が高額所得者を優遇する制度であるというのは誤解をもたらす表現です。また、返礼品の総額が50万円を超えると一時所得として課税されるので、そこでも高額所得者にはまた負担が課せられます。少なくとも、国民負担が増加していることに対してチェックすべきであるメディアの記事としては、いかがなものかと思います。
返礼品の競争が、本来のふるさと納税の制度を逸脱し、過剰な競争を招いていたという問題は確かにありました。しかし、総務省が上限3割という返礼品の調達コストの指針を示したことでこの問題は一応解決したことになっており(この件については後日あらためて検討します)、地域間の所得分配の不公正さを是正する手段として一定の意義は存在すると思われます。
また、急に廃止ということになれば、ふるさと納税を販路にしている事業者の方や、農産物の風評被害に悩む地域の方は貴重な販路を失うことになります。あまりに利害関係者が多くなってしまった結果、今更、制度を見直すことはもう簡単にできなくなってしまっています。
従って、節税の手段が限定され、賢明に働く善良なサラリーマン納税者の皆様には堂々と権利を行使していただきたいと思うところです。一方で、ふるさと納税で税収が減ったと文句をいう都心部の自治体の方も、納税者の不満の声に謙虚になってほしいです。
しかし、全国の4分の1の自治体が赤字だったということは大変気になる問題です。次週はこの問題を探ってみようと思います。
(注)この記事の内容は私が個人的に研究したもので、正確さを保証するものではありません。ご自身の限度額計算の際には、公認会計士や税理士などの専門の方にご相談され、あくまでも自己責任でお願いします。
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