あちこち旅日記

乗り物好きの旅行日記。コスパのよい贅沢な旅がモットー。飛行機、鉄道の搭乗乗車体験記やグルメ情報をご紹介します。

のどかだった30年前の中朝国境とノスタルジーあふれる旧大和ホテル

 1992年の中国旅行では、北京の観光をした後、夜行列車で瀋陽(昔の奉天)に向かいました。1等寝台(軟臥)のチケットは前日でも手配できました。


 瀋陽では、中山広場にある遼寧賓館に泊まりました。ここは、戦前満鉄が経営していた大和ホテルだったところです。今では瀋陽には快適な外資系ホテルが増え、遼寧賓館は中国人向けの3つ星ホテルという位置づけになってしまいましたが、天井も高く風格があります。


 もう写真は残っていなかったので、Tripadvisorにあったホテル提供の写真を拝借しました。中山広場には旧満鉄の本社もありました。



 瀋陽からは、北朝鮮の国境の街・丹東を目指しました。しかし、ここからは苦労の連続。駅の外国人窓口でも英語すら通じず、中国語が上手に話せないと「邪魔だあっち行け」との仕打ちで列車のチケットが買えませんでした。丹東では外国人窓口すらなく、本当に大変でした。この話は以前に投稿しているので、ご高覧ください。



 丹東では、鴨緑江にかかる中朝国境の橋を見に行ってきました。橋の下には公園があり、皆さん記念撮影をしていました。国境の橋というと国によっては撮影禁止になっているところがあるらしいのですが(ましてや中国なので心配していましたが)、ここは全くそんなことはなく、観光客相手の写真屋さんが営業していました。実際に、この場所の写真はネットにたくさん掲載されているので、まずはスパイの嫌疑をかけられることもないと信じたいです(ただ、今日本人が行って撮影すると変な言いがかりをつけられるかもしれまないので、ご注意ください)。橋は時々蒸気機関車がけん引する貨物列車がゆっくり通過して、のどかな時間が流れていました。


 ホテルでは、北朝鮮のテレビを視聴することができました。電力事情の悪さか、1日3時間程度の放送で、プロパンダ的な要素のきわめて強い内容でした。



 このあと、瀋陽経由で長春を訪ねました。長春(昔の新京)では満州国時代の建物もまだ残っていて風情があったのですが、写真はまだ見つかりません。ホテルの窓から写した国営工場が中心だった時代のすすけた街並みの写真しか残っておらず申し訳ありません。


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