あちこち旅日記

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川越街道の宿場町⑦大井宿:明治時代の大火から復興したモダンな町

 今回は川越街道7番目の宿場町の大井宿です。現在の埼玉県ふじみ野市にあります。最寄り駅は東武東上線ふじみ野駅になります。


 新座市の大和田宿を出ると、川越街道は国道254線と合流します。進むと大井宿の入口(下宿)に天台宗徳性寺があります。


 徳性寺は江戸時代に隆盛を極め、大井宿の中心的存在でした。しかし、1881年(明治14年)に大井宿の大火により全焼してしまいました。その後、1892年(明治25年)に川越南院より山門を移築、また仮本堂として灌頂院庫裡を移築して再建しました。山門の右脇には大井宿南木戸に奉安されていた地蔵尊、山門左側に蒙古襲来の都市1281年(弘安4年)造立という「板碑」が移設され据えられています。




 近くには大井戸跡と大井戸弁天の森があります。大井戸は、平安時代に掘られたと推定され1977年(昭和52年)に発掘・調査し復元されたものです。


 大井戸弁天の森は、江戸時代初期に不忍池弁財天を勧請して祀られた大井清水弁財天のあった地域一帯で、豊かな清水が湧き出ていることから、明治時代中頃には船から景色を楽しむ観光名所として賑わったそうです。湧き水が涸れてしまったことから昭和初期には観光は廃れてしまい、額堂も老朽化に伴い解体されたものの、現在は人工的に水を引いて整備されています。


 さらに川越街道を進むと、新井家がつとめた大井本陣跡があります。この付近が中宿になります。もっとも、大井宿は川越にも江戸にも近かったため、川越藩主の参勤交代などの通行では、宿泊することはなく、人馬の継ぎたてだけが行われていたそうです。



 現在、本陣跡はカフェになっています。


 雰囲気のよさそうなカフェだったので、少し休んでいきました。




 プリン(480円)とアイスコーヒー(280円)と、コスパ良かったです(消費税別)。


 
 川越街道はこの付近では国道254号線になっています。


 この付近には、大きな古民家がいくつかあります。




 さらに進むと、1937年の建築物ですが、旧大井村役場があります。川越街道に東面して建てられた庁舎で,現在は小学校の敷地内になっています。


 明治時代に大井村が生まれた際に、廃材を利用して庁舎が建築されましたが、老朽化・腐食が進んだため、地元の大工・鳶・左官たちが総動員され、大規模な改築が行われたそうです。役場が落成したときには、「大井村と東京との間で、一番ハイカラな建物ができた」と村民が誇りにしていたと伝えられています。2階建の寄棟造で、棟中央に塔屋を載せ,1階を事務室,2階を会議室等に用いて来ました。装飾の少ないシンプルな外観ですが、地域の近代化を物語る建物として今でも親しまれています。



 大井宿の川越側木戸があった「上木戸跡」。当時は、明け六つ(朝六時)に木戸を開け、暮れ六つ(夕六時)に閉じていました。


 その先に行くと、旧道は再び国道254号線と別れます。左の細い道を進み、大井宿から外れます。


 あと2里半ほどで川越です。次回は5月25日の予定です。


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