あちこち旅日記

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青梅街道宿場巡り⑥:昭和レトロの景観が楽しめる青梅宿

 青梅街道宿場巡りの第6回は、甲州街道からの分岐点(追分)である内藤新宿から数えて5番目の宿場町・青梅です。


 青梅街道は、江戸城築城のために1606年(慶長11年)、青梅の成木村で採れる石灰を運搬する道路として整備されました。当時は成木往還と呼ばれており、「青梅街道」と固有名詞化されたのは明治時代になってからのことでしたが、江戸時代には既に青梅から大菩薩峠を経由し、甲府の東にある酒折村(現・甲府市酒折)で甲州街道と再び合流する街道として整備されていました。青梅街道は江戸と甲府を結ぶ甲州街道の他にも往来できるルートであったことから甲州裏街道とも呼ばれていました。青梅街道は道程で甲州街道より二里短く、関所がないため庶民の旅客にも多く利用されていたようです。


 「青梅街道」という名称は、1962年(昭和37年)に東京都建設局により「東京都通称道」に正式に設定されました。現在は様々な正式名称になっています。


 青梅までは東京都道5号新宿青梅線、青梅からは国道411号線となっています。(青梅市上町にある青梅市文化交流センター交差点が接続点)。


 青梅市内には、旧青梅街道が残っています。

 青梅市本町の旧青梅街道の様子です。


 旧青梅街道には古商家が残っていますが、江戸時代の宿場の名残というよりも、昭和レトロなイメージが強いです。


 青梅は 西多摩地区最大の繁華街でしたが、昭和30~40年代をピークに、その後 商店街の空洞化傾向が起こり, その振興策として 大正・昭和のレトロな風景を活かし, 景観を重視した街づくりが行われてきました。


 1991年(平成3年)から「青梅宿アートフェスティバル」を開催し, 映画看板を掲示したことをきっかけに「映画看板のある街」として全国に知られるようになりました。

 昭和30年~40年頃のお菓子や薬などの商品パッケージを中心におもちゃ、ポスター、ドリンク缶など懐かしい生活雑貨がずらりと並ぶ昭和レトロ博物館。元は家具屋さんだったという木造の建物です。

 「昭和レトロ」という言葉は青梅が発祥との説があるようです。青梅駅構内や旧青梅街道沿いには昭和の風情を残した街並みがあり、楽しめます。

電話ボックスも

 バス停まで


 高垣眸(ひとみ)は 青梅の高等女学校で教鞭と取る傍ら、少年向けの冒険小説を何本か書き、 1935年(昭和10年)に発表した『怪傑黒頭巾』はその代表作でした。旧青梅街道に木造の碑が建っています。

 青梅宿の総鎮守である住吉神社。創建は1369年(応安2年)で旧社格は郷社。境内には筆塚等青梅ゆかりの文人達の作品が多く残されており、ちはやふる等のロケ地としても有名です。

 石段から下を眺めると高さを感じます。

次回は氷川宿です。8月25日の投稿を予定しています。


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