名古屋からのアクセスが便利な馬籠宿:信州リベンジ旅:木曽路編④最終回
木曽三宿の旅の最後は馬籠宿です。妻籠宿から路線バスで40分ほどの距離にあり、この間を街道歩きする方も結構いらっしゃいます。中津川駅からはバスで20分ほどで、本数も多くなります。中津川までは中央西線も名古屋からの運行本数が多く、特急も停まるため、木曽路の宿場の中でも特に外国人に人気があるようです。
馬籠はかつては長野県木曽郡山口村に属しましたが、2005年に岐阜県中津川市に編入された、珍しい越県合併の例になっています。
雨脚がひどくなってくる中、バスの乗客の大半は個人旅行の外国人観光客でした。しかし、皆さん終点まで乗らず、途中で下車してしまいます。下車されていた場所は、中山道沿いの馬籠宿の端の高札場付近で、ここで下車し中山道を下ると便利だったためでした。私はよく調べずに、終点の馬籠バス停まで行ってしまい、雨の中を高札場まで往復してしまいました。外国人観光客の方がよく下調べをしていたことに関心してしまいました。
馬籠のバス停に着いた時に、雨脚がさらに強くなってきました。ここでは少し時間に余裕があったため、観光案内所などで雨宿りをしながら様子を見ながらまわりました。
少し落ち着いてきたので、旧街道を進みます。街道沿いの景観保存がここでも実現しています。石畳が多いのは妻籠や奈良井にない特徴です。
代々馬籠宿役人で、島崎家と親交が深かった清水屋原家。島崎藤村直筆の書簡や資料が保管展示された資料館。
元治元年(1864年)創業の和菓子店・川上屋。
旅籠の但馬屋。約110年前の囲炉裏があります。
お土産屋さんやカフェが軒を連ねます。名古屋からのアクセスが便利な中津川から近いことから奈良井や妻籠よりもはるかに活気があります。
馬籠郵便局。ここから旅の絵葉書を送る方も多いようです。
島崎藤村の生家でもある本陣跡。本陣は代々島崎家が務め、現在は藤村記念館として公開されています。
当時の状態に復元されている脇本陣跡で、現在は資料館になっています。
高札場跡。ここでバスを降りた方がよかった。ここで折り返して戻ります。
上扇屋商店。「木曽路」は地酒の銘酒ですが、ついつい「しゃぶしゃぶ」が食べたくなってしまいます。
雨がまたひどくなってきたので、無料休憩所で雨宿りします。
これで記念撮影するのも楽しそうです。
冷えてきたので、近くのお店に入りました。
栗汁粉と五平餅をいただきました。妻籠で食べたような平べったい御餅と違って、つくねのような団子状のものでした。いろいろ種類があるんですね。
雨はさらにひどくなり、嵐のようになっていました。何とかバスに乗り、中津川駅にたどり着きました。
中津川駅には、馬籠の和菓子も展示されていました。
しかし、悲劇の始まりは中津川に着いてからでした。以下、以前の投稿をご覧ください。
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