ランチも楽しめます:江戸東京たてもの園⑩最終回
江戸東京たてもの園の最後は、ランチが食べられる飲食施設の紹介です。 この日は、東ゾーンにあるうどん店「たべもの処・蔵」でうどんをいただきました。このお店は古商家を移築・復元したものではありませんが、周囲の建物と調和するように建てられています。 一階は団体客が自由に休憩できるスペースになってい... 続きをみる
乗り物好きの旅行日記。コスパのよい贅沢な旅がモットー。飛行機、鉄道の搭乗乗車体験記やグルメ情報をご紹介します。
江戸東京たてもの園の最後は、ランチが食べられる飲食施設の紹介です。 この日は、東ゾーンにあるうどん店「たべもの処・蔵」でうどんをいただきました。このお店は古商家を移築・復元したものではありませんが、周囲の建物と調和するように建てられています。 一階は団体客が自由に休憩できるスペースになってい... 続きをみる
江戸東京たてもの園は屋外にも貴重な展示物がたくさんあります。 (出所)江戸東京たてもの園ホームページ 午砲(千代田区皇居内旧日本丸跡):江戸時代の「時の鐘」に代わり、1871年(明治4年)~1929年(昭和4年)にわたり、空砲により正午を知らせました。 方砂遺跡敷石住居址:縄文時代中期後半から後... 続きをみる
西ゾーンの続きです。W3~W8には茅葺屋根の建物が並んでいます。 W3:奄美の高倉(鹿児島県大島郡宇検村):奄美大島にあった高床式の倉庫を移築したものです。江戸・東京のものではありませんが、東京都でも八丈島などにも同様の高倉は見られます。江戸時代末期頃建てられたものです。 W4:吉野家(三鷹市野... 続きをみる
西ゾーンでも特別な存在はW2三井八郎右衛門邸です。 ここは1952年(昭和27年)に港区西麻布に建てられた比較的新しい建築物です。このうち、客間と食堂部分は1897年(明治30年)に京都で建てられたもので、戦後に東京西麻布に移築されました。蔵は1874年(明治7年)に建築されていますが、これを... 続きをみる
続いて西ゾーンです。このエリアには「山の手通り」と名付けられた通りの両脇に様々な様式の住宅が復元展示されています。 W1常盤台写真場(板橋区常盤台1丁目):健康住宅地として開発された郊外住宅地常盤台に1937年(昭和12年)に建てられた写真館です。照明設備が発達していない当時、最も安定した照度を... 続きをみる
次にセンターゾーンに戻ります。 C1のビジターセンター(旧光華殿)は以前に紹介しているので、C2より見ていきます。 C2:旧自証院霊屋(新宿区富久町):1652年(慶安5年)に尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、その母お振の方(三代将軍徳川家光の側室)を供養するために建立した霊廟です。 C3:高橋... 続きをみる
引き続き、江戸東京たてもの園の東ゾーンの残りの古商家の紹介です。まだまだこのゾーンには興味深い明治後期~昭和初期にかけての古商家があります。 (出所)江戸東京たてもの園ホームページ E11村上精華堂(台東区池之端2丁目):1928年(昭和3年)に不忍通りに面してた建てられた化粧品店です。昭和初期... 続きをみる
前回に続き、江戸東京たてもの園の東ゾーンの紹介です。 (出所)江戸東京たてもの園ホームページ 関東大震災からの復興に際して、看板建築と呼ばれる住居兼店舗が多く建てられました。当時、鉄筋コンクリート造で建てるだけの資力がない中小規模クラスの商店によって多く建てられた、伝統的な町屋に代わる洋風の店... 続きをみる
次に東ゾーンです。ここでは昔の商家・銭湯・居酒屋など、下町の風情が再現されています。 (出所)江戸東京たてもの園ホームページ E2:小寺醤油店(現在の港区白金5丁目にあった商店)。大正期より営業していたそうですが、この建物は1933年(昭和8年)の建築です。味噌は醤油、酒類を扱っていました。庇の... 続きをみる
江戸東京たてもの園は、3つのゾーンに分かれています。 (出所)江戸東京たてもの園ホームページ 各ゾーンを紹介する前に、センターゾーンC1にあるビジターセンターを紹介します。これは、1940年(昭和15年)に皇居前広場で行われた紀元2600年記念式典のために建設された式殿を1942年(昭和17... 続きをみる
このたび、初めて都立小金井公園に行ってきました。これまで近くに行く機会が何度もありましたが、実際に入園したのは今回が初めてです。 小金井公園の開園は1954年。面積は80haと都立公園最大で、小平市・西東京市・武蔵野市にまたがります。 (出所)東京都公園協会ホームページ 公園の南側には、五日... 続きをみる
東京都小平市にある「小平ふるさと村」に行ってきました。ここには、茅葺屋根の農家など古民家が保存されており、昔の農家の暮らしを見ることができます。しかも、入場無料と太っ腹です。 小平市域は武蔵野台地でも水利に乏しい地域でしたが、1590年に徳川家康が江戸に入植したのを機に江戸城築城のための資材を... 続きをみる