自動運転バスを体験してきました:埼玉県深谷に行ってきました⑧最終回
深谷での観光は、JR深谷駅を起終点に運行されているコミュニティバスを利用しました。 特に北部シャトルと周遊便は主な観光スポットをつないでいて便利です。1回200円ですが、1日利用可能なチケット(500円)もあります。3回以上乗るとモトがとれますが、渋沢栄一の生家と渋沢栄一記念館、尾高惇忠生家のエ... 続きをみる
乗り物好きの旅行日記。コスパのよい贅沢な旅がモットー。飛行機、鉄道の搭乗乗車体験記やグルメ情報をご紹介します。
深谷での観光は、JR深谷駅を起終点に運行されているコミュニティバスを利用しました。 特に北部シャトルと周遊便は主な観光スポットをつないでいて便利です。1回200円ですが、1日利用可能なチケット(500円)もあります。3回以上乗るとモトがとれますが、渋沢栄一の生家と渋沢栄一記念館、尾高惇忠生家のエ... 続きをみる
深谷でのランチは、渋沢栄一の好物であった煮ほうとうをいただきました。 場所は、中の家の隣にある麵屋忠兵衛さんです。 お店は渋沢家の大番頭さんの御住まいだった家を改装したものです。 明治38年(1905年)創業の老舗です。 中の家から直結している門もあります。 店内には渋沢栄一自筆の掛... 続きをみる
渋沢栄一の生家は「中の家(なかんち)」と呼ばれてています。栄一の妹夫妻が明治28年(1895年)に上棟した建物で、栄一が帰郷した際に滞在して寝泊りしいました。その後も渋沢家の住宅として使用されてきましたが、昭和60年(1985年)に学校法人青淵塾渋沢国際学園の施設となり、平成12年(2000年)... 続きをみる
渋沢栄一の生誕地・血洗島の近くに渋沢栄一記念館が建っています。 ちなみに、血洗島の由来としては諸説あるようです。中でも八幡太朗義家の家臣が片腕を切り落とされ、この地で片手を洗ったとの説が有力なようですが、渋沢栄一も「赤城の山霊が他の山霊と戦った際に片腕を拉がれ、その傷口をこの地で洗った」との ... 続きをみる
尾高惇忠の生家がある場所は、江戸時代には下手計(しもてばか)村と呼ばれていました。現在でも、尾高惇忠や渋沢栄一にゆかりのある史跡が残っています。 その一つが、鹿島神社です。旧社格は村社で小さな神社ですが、創建は天慶年間(938-947年)と伝えられる歴史ある神社です。 神木は朽木となってしま... 続きをみる
渋沢栄一と並ぶ深谷の偉人として名が上がるのが、尾高惇忠(1830-1901)です。尾高惇忠は渋沢栄一の従兄であり、論語の師でした。また、渋沢栄一の最初の妻・千代は尾高惇忠の妹であり、惇忠の弟・平九郎は栄一夫婦の養子になっています。 その尾高惇忠の生家が渋沢栄一の生家のすぐ近くに保存されています... 続きをみる
深谷駅に降り立つとすぐに目に入ってくるのが荘厳は赤レンガ造りの駅舎です。 深谷駅が開業したのは1883年(明治16年)で、その後かつてこの地に工場があった日本煉瓦製造の貨物専用線が敷設されるなど、レンガとはゆかりの深い駅でした。1975年(昭和50年)に専用線が廃止され、1983年(昭和58年... 続きをみる
このたび、埼玉県深谷に行ってきました。 深谷というと皆さま何を思い浮かべますか? 駅に着くとすぐに目に入ってくるのが、赤レンガ造りの荘厳な駅舎です。周囲を見回しても赤レンガづくりか、赤レンガ風のタイル張りしたビル、酒蔵の煙突が多く目に入ってくる「赤レンガの街」です。 第二には「日本の資... 続きをみる