あちこち旅日記

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今はグリム童話とかんぴょうが有名な石橋宿:日光街道宿場巡り⑯

 今回紹介するのは、日光街道15番目の宿場・石橋宿です。現在の行政区画は栃木県下野市になります。


 残念ながら石橋宿の面影が残る史跡はあまり残っていませんが、石橋宿に入ると、近隣13村の郷社であった石橋愛宕神社があります。石橋の愛宕神社の歴史は古く、第46代孝謙天皇の御代の759年(天平宝字三年)の創建と伝えられています。石橋愛宕神社は、元々は現所在地から数百mほど離れた場所にあった下石橋愛宕塚古墳という古墳の上に鎮座されていましたが、明治初期に行われた東北本線の敷設工事のため、下石橋愛宕塚古墳の中央部が東西に分断されてその間に線路が通ることになりました。その後、大正初期に東北線の複線工事が行われ、現所在地に元々鎮座されていた稲荷神社の境内へと遷座合祀されました。

 ケヤキの大木があります。


 石橋宿では伊澤家が代々本陣を務め、国道4号線(日光街道)の石橋交差点から南に見えるローソンがあったところが、本陣跡とされていますが、表示するものが何も見当たりませんでした。


 石橋交差点付近にはレンガ塀の立派な古民家が残っています。


 石橋駅を過ぎると、江戸時代には徳川将軍家の休泊所として利用されていた開運寺があります。本尊として祀られている木造阿弥陀如来座像は、県有形文化財に指定されています。781年に瑠璃光院東光寺として開山され歴史は古く、その後1502年、領主宇都宮成綱が現在の場所へと遷し、建物を再興。円明山開雲寺と改称しました。将軍家とのつながりは、いたるところにある将軍家の家紋にみることができます。


 石橋地区は現在ではグリム童話の街として知られています。旧石橋町(2006年に隣接する国分寺町、河内郡南河内町と新設合併して下野市となっています)は1966年(昭和41年)、グリム兄弟が生まれ活躍したドイツのヘッセン州にある、シュタインブリュッケン村の児童と絵画や習字などの作品交換を始めましたことが縁で1975年(昭和50年)で姉妹都市になっています。ちなみに「シュタイン=石」「ブリュッケン=橋」をつなげると「石橋」になります。


 石橋町は1989年(平成元年)より地域づくり事業として『世界に誇るグリムの里づくり』をテーマにして、まちづくりをすすめてきました。駅前には、グリム童話のモニュメントが建っています。


 また、栃木県は国内のかんぴょう生産量の98%を占めています。その中でも生産が盛んどぇあるのが下野市石橋です。駅前通りには、いくつかかんぴょうの専門店があります。

 栃木県では大手の個人指導塾「満点の星」。受験生も満天の星を眺めながら頑張っているのではという思いと、見事なダジャレに感動してしまいます。


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