あちこち旅日記

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雲仙普賢岳に翻弄された島原の歴史:島原半島の旅⑧

百代の過客

 島原城の最上階(5階)から間近に見えるのは眉山(まゆやま)で、その奥に見える高い山が雲仙普賢岳です。この日はあいにく天気がわるく、たまに雲の合間から白い雪に冠をかぶった山裾がようやく見える程度でしたが、天気がよければくっきりと見えるようです。


 この雲仙普賢岳の1990年の噴火は多くの方には記憶に新しいのではないでしょうか。日テレニュースの映像が当時の生々しさを示しいます。


【雲仙普賢岳】死者・行方不明者43人…大火砕流から32年


 この噴火のおよそ200年前の1792年にも普賢岳は火山性の地震を引き起こし、その影響で眉山が地滑りが発生しています。その際、地滑りによる土砂が海に流れ込み、対岸の肥後(現在の熊本県)に津波の被害をもたらしました。被災者は1.5万人にのぼりました。この災害は「島原大変肥後迷惑」として伝えられています。


 当時の光景は島原城に展示されています。

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