早春の横浜・三渓園は梅の名所
天気が良かった日に横浜本牧にある三溪園に行ってきました。三溪園は実業家で茶人の原富太郎により1906年(明治39年)に造園され、2006年(平成18年)に国の名勝に指定されています。原富太郎は生糸貿易で財を築きました。三溪は富太郎の号から来ています。 総面積17.5ヘクタールの敷地に全国から集... 続きをみる
乗り物好きの旅行日記。コスパのよい贅沢な旅がモットー。飛行機、鉄道の搭乗乗車体験記やグルメ情報をご紹介します。
天気が良かった日に横浜本牧にある三溪園に行ってきました。三溪園は実業家で茶人の原富太郎により1906年(明治39年)に造園され、2006年(平成18年)に国の名勝に指定されています。原富太郎は生糸貿易で財を築きました。三溪は富太郎の号から来ています。 総面積17.5ヘクタールの敷地に全国から集... 続きをみる
鎖国時代に出島でオランダ人たちはどんな暮らしをしていたのでしょうか。オランダ人たちは妻子の帯同が許されなかったため、不自由でつらい暮らしをしていたと推察されます。 このため、彼らを慰めていたのは遊女たちだった模様です。オランダ人たちは自由に外出できなかっため、花街から遊女たちを呼び寄せていたり... 続きをみる
江戸時代に鎖国政策をとっていた日本は中国とオランダのみに貿易相手を限定していました。1616年(元和2年)には中国船以外の入港が長崎と平戸に限定され、1636年にポルトが ガル人(寛永13年)に出島に隔離されます。その後1639年(寛永16年)にポルトガル人は追放されます。 オランダ人は追放は... 続きをみる
長崎には今まで何度かいったことがありましたが、今回初めて出島に行ってきました。 明治時代に役割を終えた出島の周辺が埋め立てられ、原形を失っていましたが、1951年(昭和26年)に長崎市が出島の復元整備を開始して以来、少しづつ当時の姿を取り戻し、2017年には出島表門橋が完成したことで昔のように... 続きをみる
横浜中華街の春節の風物詩といったら獅子舞ですが、今年は日本大通り駅近くにある神奈川芸術劇場(KAAT)で鑑賞しました。毎年、中華学校の生徒さんたちが演じています。 このKAATですが、NHK横浜支局が同じ建物に入っています。でも、首都圏では同一の電波で受信しているはずで、独自番組など見たことが... 続きをみる
週末、天気が良く気温も上がったので、春節の横浜中華街に行ってきました。 例年、春節の中華街は大勢のの観光客で賑わいます。昨年もこの時期に行っていましたが、気のせいか今年は昨年と比べて盛り上がりに欠く印象でした。 春節の横浜中華街 - あちこち旅日記 圧巻の横浜中華街の獅子舞 - あちこち旅日記... 続きをみる
夕食後、まだ食べられそうだったので、思案橋にあるミシュラン・プレート掲載店の雲龍亭に行きました。こちらは、市内に支店もありますが、こちらが本店です。 いつも行列が絶えないお店ですが、この日は運良くカウンター席が一つ空いていました。 このお店は、長崎名物の一口餃子の有名店です。 迷わず一口餃... 続きをみる
長崎での宿泊は、長崎バスターミナルホテルを選びました。 空港直行バスが20分おきにホテルの前から出ており、しかも高速の入口が近く、渋滞リスクもほとんどありません。また、近くに新地中華街があり、食事や観光にも便利です。 以前に報告させていただきましたが、翌朝早起きして、ランタンフェスティバ... 続きをみる
諫早から長崎までは、2022年に開業した西九州新幹線に乗車してみました。営業距離で約25㎞は在来線だと30~40分ほどかかりますが、新幹線「かもめ」号ではわずか8分で到着します。 西九州新幹線は現時点では佐賀県の武雄温泉から長崎にかけての部分開業になっています。当初は博多から武雄温泉までは在来... 続きをみる
今回の孤独のグルメ聖地訪問は、湯島の神田明神の裏手にある真実一路さんにお邪魔しました。 このお店は、2018年に放送されたSeason7に登場した際は、三河島にお店を構えていましたが、2025年7月に当地に移転開業しました。 場所はお茶の水駅から聖橋を渡り、湯島聖堂を通り、坂を下ったところに... 続きをみる
原城までくれば、天草はすぐ目と鼻の先です。原城からバスに乗り、数分で到着する口之津港で下車し、フェリーで天草に向かいました。 フェリーは乗客は多かったのですが、フェリーターミナルは閑散としていました。乗船客の大半はドライバーさんだったようです。 フェリーターミナルはこぎれいで、ストリートピア... 続きをみる
島原の乱では天草四郎率いる反乱軍は、現在の南島原市にある原城に立てこもり戦いました。原城は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成要素として、世界遺産に登録されています。 原城はキリシタン大名であった有馬貴純により有明海に面する丘陵に築城されました。当初は日野江城の支城との位置付けられ... 続きをみる
島原城の最上階(5階)から間近に見えるのは眉山(まゆやま)で、その奥に見える高い山が雲仙普賢岳です。この日はあいにく天気がわるく、たまに雲の合間から白い雪に冠をかぶった山裾がようやく見える程度でしたが、天気がよければくっきりと見えるようです。 この雲仙普賢岳の1990年の噴火は多くの方には記憶... 続きをみる
島原城天守には、キリシタン文化や当地の歴史などにちなむものが展示されています。なかでも、1階にあるキリシタン展は特筆されます。 当地のキリスト教の布教は、戦国時代から江戸時代初期にかけてのキリシタン大名・有馬晴信の時代に進みました。しかし、1612年(慶長17年)に改易させられ、後に領主となっ... 続きをみる
島原城址公園は日本の歴史公園百選に選ばれています。 5層構造の天守はなかなか立派です。築城は1624年(寛永元年)でしたが、当時の領主の松倉重政でしたが、石高4万石にしては、ずいぶん立派な(分不相応の)天守です。一説には、二代目の松倉勝家は実際の石高を10万石と過大に見積もる検地を行っていたと... 続きをみる
国立といえば文教都市として知られます。一橋大の体育会系学生や東京女子体育大学の腹ペコ女子、国立高校や桐朋学園といった名門進学校の生徒たちのソウルフードになっているのが「スタ丼」です。ニンニクたっぷりの焼肉と生卵を乗せたシンプルな料理ですが、病みつきになる若者たちは少なくないようです。私は40年ほ... 続きをみる
島原でのランチは島原城址公園の入口正面にある姫松屋さんでいだだきました。 白壁の建物がお城のようで風情を感じます。 番組のロケでしょうか。武田鉄矢さんと草野仁志さんのサインがありました。 メニューにはいろいろ載っていますが、 ここの名物は郷土料理でもある具雑煮です。おいしくいただきました... 続きをみる
島原城の築城時、外郭の西側に扶持取高70石以下の下級武士たちのための住宅団地が建てられました。90坪ずつの敷地に各戸が区切られ、25坪の住宅が建てられました。鉄砲隊に所属する武士が多く、鉄砲町と呼ばれていました。 道路の中央には水路があり、清水を流して生活用水にしていました。 ここでは保存状... 続きをみる
大三東からは再び島原鉄道に乗り城下町の中心島原駅で下車しました。島原市の人口は約4万人で、最盛期には7.7万石の城下町でした。 駅前には錦鯉が優雅に泳いでいました。 島原の子守唄とは、当地出身の作家である宮崎康平の最初の妻が家出し、一人で子育てをしていた時に歌ったものと言われています。また、... 続きをみる
島原鉄道に乗って最初に向かった先は大三東(おおみさき)駅です。こちらは「日本一海に近い駅の一つ」とされます。 以前、愛媛県に行った際、似たような下灘駅を紹介させて頂きましたが、同駅では正確には駅のホームと海岸線との間に道路一本隔てていますが、当駅はすぐ下が海岸線で、こちらの方が海に近いです。 ... 続きをみる
長崎旅行2日目は、島原半島を周遊してきました。今回は公共交通機関だけを利用することにしましたが、島原半島は便こそ少ないものの、主な観光スポットをつないでおり、使い勝手がいいです。 観光には、島原鉄道と、しまてつバス、しまてつフェリーが1日乗り放題の「しまてつフリーパスが1日乗り放題で3000円... 続きをみる
東京・平和島駅近くにある大森海苔のふるさと館に行ってきました。 平和島駅は現在の地名では大田区平和島北になっています。昔の海岸線があったとみられる大森地区では、古くからから海苔の養殖が盛んでした。海苔の養殖は江戸時代の中頃から発展し、その後全国に海苔の生産方式が伝えられていきました。残念ながら... 続きをみる
前々回の投稿で、諫早のホテルが深刻な人手不足でサービスレベルが大幅に低下している問題を報告しました。 今回の旅で痛感したのですが、あちこちでバス運転手が手配できずに、運休となるケースが頻発していました。 しまてつバスでは、空港直行バスが昨年末より運休中。 路線バスも運休予告が出ていました。... 続きをみる
諫早での夕食は郷土料理をと思ったのですが、どうしても気になるハンバーガー店があったので行ってみました。 場所は島原鉄道で諫早から一駅先の本諫早にあります。島原鉄道は1時間に1〜2本、朝夕でも3本くらいしかありませんが、わざわざ出向く価値があると考えました。 ちなみに本諫早は副駅名が諫早市役所... 続きをみる
諫早では、駅近くのニューステーションホテルに投宿しました。翌朝の出発時間が早く駅近くに宿泊する必要があり、寝るだけで十分と場所重視で選びましたが、朝食、大浴場付きで8000円台とコスパも良好でした。 電動アシスト付き自転車も無料で貸し出していただけます(予約していたのですが、あいにく到着時間が... 続きをみる
諫早ではホテルにチェックインする前に、暗くならないうちにホテルの裏手にある諫早神社を訪れました。 諫早神社の創建は728年(神亀5年)と記録があります。旧肥前の国では、佐賀県内に一ノ宮から三ノ宮まであり、長崎県には律令制時代の国司が参拝するような歴史のある神社は存在しなかったようです。また、明... 続きをみる
長崎に到着した日は諫早に宿をとりました。諫早市は人口13.3万人で、長崎、佐世保に次いで県内第3の都市です。 長崎空港からは路線バスで諫早駅に向かいます。長崎空港は我が国初の洋上空港であり、旧大村飛行場の2kmほど大村湾の沖合にあります。 バスは橋を渡って、大村市内から一般道を経由して諫早駅... 続きをみる
久しぶりに飛行機に乗って遠征です。 いつものように南ウイングのサクララウンジでゆっくりしようと思っていましたが、平日の昼間でビジネス客も少ないはずが予想外に混雑していました。どうやら、北ウイングのサクララウンジが改装中で閉鎖されており、こちらに流れてきていたようでした。 コンビニでおにぎ... 続きをみる