海外旅行の外貨調達論(初級編)
海外旅行の際に、どこでどうやって外貨を手に入れるかは重要な問題ですね。わずかのレートの違いでも、合計するとかなりの支出額の差になってきます。また、キャッシュレス決済が普及したといっても、キャッシュオンリーの場所はまだ残っています。以下は、一部の方には釈迦に説法レベルの話ですが、テレビのコメンテーターや、金融リテラシーが高いはずの金融機関の方でも無知の方が少なくなく、多くの方の誤解につながっているようです。
結論は、「米ドルやユーロ以外は、両替は出来る限り行わず、クレジットカード(デビットカード)で支払いを済ませ、現金はキャッシングで入手する」ことです。外貨預金にして引き出すのも、現地でATM利用料がかかる可能性があります。大幅な円安を予想して、前もって外貨預金をしたり、ドルの紙幣に投資しておくというなら別ですが、外貨預金にはある程度の為替知識が必要なことや、ドルのタンス預金は紛失や盗難のリスクも大きいことも考慮しないといけません。とはいっても、現金ゼロというわけにもいきません。その国の物価水準や、カードの普及状況、滞在期間にもよりますが、私は最低2000円程度は現金は入手しておくことにしています。
為替レートには様々な種類がある
まず、最低限知っておかなければならないことですが、為替レートにはいろいろな種類のレートがあるということです。
TTMレート(仲間レート)≒銀行間レート:銀行間レートとは文字通り銀行間での外国為替の売買レートです。皆さんがニュースで「今日の東京外国為替市場で1ドル=144円50銭で取引が行われている」と耳にするのはこのレートです。主要な銀行は当日の顧客との取引の基準となるレートを当日朝9:55時点の銀行間レートをもとに設定しており、TTM(Telegraphic Transfer Middle Rate)レートと呼ばれています。
TTSレート:銀行が顧客に現金以外の方法で外貨を販売する際のレートで、Telegraphic Transfer Selling rate( 対顧客電信買相場 )の略です。国際送金や外貨預金の購入、かつてのトラベラーズ・チェックの販売にもこのレートが適用されていました(別途手数料がかかります)。
TTBレート:TTSの反対。Telegraphic Transfer Buying Rate(対顧客電信買相場 )の略で、顧客が銀行等の金融機関で 外国通貨 (外貨)を 円貨 に換える場合に適用されるレートです。
外貨現金両替相場(対顧客売り):銀行等の金融機関で外貨の現金を購入する際のレート。
外貨現金両替相場(対顧客買い):銀行等の金融機関で外貨の現金を売却し、円貨に両替する際のレート。
米ドルの場合
実際に、レートの違いを見てみましょう。9月30日のレートをみると、ドル/円の場合は以下のようになっています(出所、三菱UFJ銀行)。ドルを買って売却すると、1ドルあたり5.8円のコストがかかります。
現金買いレート 141.81
TTBレート 143.81
TTMレート 144.81
TTSレート 145.81
現金売りレート 147.61
一方、クレジットカードでの支払いですが、三井住友カードの場合、「国際提携組織の決済センターに売上データが到着した時点で、国際提携組織が指定する為替レートに、海外事務処理手数料を加えて為替レートで日本円に換算する」としています。
ここでいう「国際提携組織が指定する為替レート」は明示されていませんが、TTMレート(市場レート)に近いとみられます。また、同カードの場合、海外事務処理手数料はVISA、マスターカードで2.2%となっています。つまり、クレジットカードで買い物をした時のレートは、
144.81×1.022=148.00円になります。
なお、昔トラベラーズチェック(TC)があった時はTTSに1.1%の手数料だったので
145.81×1.011=147.41
とTCがわずかに有利でした。しかし、今ではTCの新規発行は停止されています。
キャッシングはTTMレートで換算されているとみられます。キャッシングには金利がかかりますが、年利18%で40日間借りたとしても、金利は2%程度と、換算レートはクレジットカード払いとほとんど変わりません。なお、ATMでキャッシングした場合には、利用料が課されると画面に表示されますが、日本の金融機関が一旦負担し、日本でのATM利用料(110円~220円)が課されるケースが一般的です。カード会社によっては無料になるようです(私はDCカードを使っていますが、利用料を課されたことはありません)。利用料がかかると一度に多額の両替をしてしまいがちですが、無駄な両替をする方が、かえって高くついてしまいます。
このように米ドルの場合は、カード払い、キャッシング、現金両替もほとんど変わりません。もっとも、ポイントという形で還元があることを考慮すれば、実質的にはカード払いが一番有利と思われます。ユーロになると、カード払いやキャッシングの方がやや有利になりますが、まだ差は小さいので、旅行前に入手してもさほど問題はありません。
なお、「カード払いだと請求日までに円安が進んで、びっくり」ということを恐れている方も多いと思いますが、これも事実ではありません。三井住友カードでは国際提携組織の決済センターに売上データが到着するまでの所要日数を2~4日としていますが、昔のように「がちゃん」とカードをコピーし、決済センターに郵送していた時代と異なり、現在ではオンライン処理が一般的です。私は、かなりリアルタイムでの決済が行われているとみています。仮に1~2日ずれていても、短期間に円が数%も安くなることは考えにくいので、予想外に大きな請求が来る可能性は小さいと思われます。
もっとも、新興国では、短期間に通貨が急に変動するケースがあります。もし暴落であれば、逆に「お楽しみ」になります。一方、通貨暴落を受けて値上げが行われ、朝と夕方で値段が違っているようなこともあります。一度に現金で両替していたら、逆に大きな損失が出てしまいます。怖いのは通貨急落後に、為替介入が行われ、一時的に急速に戻してしまう時くらいでしょう。
また、カード払いやキャッシングの際に注意しないといけないのは、決済通貨の選択です。カード払いやキャッシングをした際に、決済通貨を現地通貨かカード発行国の通貨(円)かで選択するように聞かれます。ここで、間違っても円を選択してはいけません。都合のよいように設定されたレートで法外な金額を請求される可能性があります。今回、私がポルトガルでカード払いやキャッシングをした時に、円を決済通貨に選んだ場合の割増率は12.5%でした(これはどこもほぼ同じでした)。私自身かつて、グアムの免税店の店員に知識不足から「円建てで決済した方が得」だと言われてだまされたことがあります。その後、出張で訪問したロンドンの免税店では「どちらか選んで」と言われて「ポンド」といったら、「日本で発行されたカードは円しか選択できない」とまた騙されそうになりました(そんなことはないはずです)。この時は、レジに商品置いたまま決済せずに堂々と帰ってきました。
デビットカードは?
クレジットカードによるキャッシングと似た方法に、デビットカードを作成して、海外で引き出すという方法があります。クレジットカードは18歳以上でないと持てませんが、預金残高を上限に即時決済されるデビットカードは15歳から持てるなど、メリットもあります。
ソニー銀行など一部の銀行は外貨普通預金口座に紐づいたデビットカードを発行しています。ドル預金の場合、ソニー銀行デビットカードでの現地での利用では、1ドルあたり15銭の手数料で済みますのでクレジットカードよりも有利です。一方、引き出しの際には、国内外ATM利用料を課される可能性もあるため注意が必要です。また、外貨預金の場合、為替の売買に様々なコストがかかるため(預入て引き出すだけでも1ドルあたり2円のコストがかかります)、為替動向によっては金利の低い普通預金なならば引き出しの際に目減りしている可能性もあります。海外旅行に必要な金額だけを預け入れるならともかく、円転を前提と考えれるのであれば、ある程度の為替の知識と経験が必要でしょう。
VISAなどとの提携デビットカードの機能を付加したキャッシュカードを発行している銀行もあります。三井住友や三菱UFJ銀行の場合、海外ATM利用時の手数料は3.05%なので、クレジットカードのキャッシングで金利を払った方がまだ1%程度有利です(三菱UFJの場合、JCB利用でさらに1.6%のコストがかかります)」。また、海外ATM利用料や国内手数料が課せられる可能性もあります。
米ドル、ユーロ以外の通貨の場合
米ドル、ユーロ以外の通貨の場合、カード払いもしくはキャッシングをした方が圧倒的に有利になります。
第一に、TTMを挟んだ乖離(スプレッド)が米ドル以外はとても大きく、さらに現金売りレートをTTMとの乖離も大きいためです。
ここでユーロ、香港ドル、トルコリラのケースをドルとの比較でみてみましょう(9月30日時点、三菱東京UFJ銀行)。
TTS TTB 乖離(対TTM)
米ドル 145.81 143.81 2.00 (1.4%)
ユーロ 143.82 140.82 3.00(2.1%)
香港ドル 18.88 18.02 0.80 (4.3%)
トルコリラ 10.32 5.32 5.00 (63.9%)
トルコリラのスプレッドの大きさが際立っていますが、ユーロや香港ドルでも米ドルよりも大きくなっています。さらに、現金売りのレートとなれば、TTSレートと比べて一層条件が悪くなります。
ここで米ドルとユーロ、香港ドルのキャッシュと電信売りのレートを比較すると、ドルよりも香港ドルとユーロの方が乖離率が大きくなっています。香港ドルでは電信レートよりも上下に12%以上も不利です。
TTS 現金売り(乖離) TTB 現金買い(乖離)
米ドル 145.81 147.61 (1.80)143.81 141.81(2.00)
ユーロ 143.82 146.32(2.50) 140.82 138.32(2.50)
香港ドル 18.88 20.88(2.00) 18.02 16.02(2.00)
全ての通貨を掲載できないので、以下の写真をご参考にしていただきたいのですが(これは都内のあるターミナル駅にある外貨ショップのボードです)、マイナー通貨の売り買いの乖離額が大きくなっています。強い通貨(弱い通貨)という場合、通常は上がっている(下がっている)通貨を言いますが、スプレッドが小さい(大きい)通貨という意味で、その国で強い外国通貨(弱い外国通貨)を定義づけてもいいと思います。豪ドルでは、売り買いのレートが20%以上も違います(TTMからは売り買いともに10%以上乖離)。韓国ウォンも30%以上、ブラジルレアルに至っては90%以上乖離しています。売り買いのスプレッドがTTM(売り買いの平均にほぼ一致)よりも10%を越えたら、現金両替はやめた方がよいでしょ。そうすると、日本ではドルだけが合格、ユーロがそのボーダーになります。
一般的にスプレッドの大きさを決めるのは、通貨の取り扱い量とボラティリティ(変動リスク)です。日本では米ドルの取扱量が圧倒的に大きい一方、トルコリラは取扱量が少ないことに加えて、トルコリラの変動リスクが大きいことがスプレッドを大きくしています(そもそも、トルコリラのキャッシュはほとんど扱われていません)。香港ドルは米ドルとの固定相場制をとっているので、変動リスクは米ドルと変わりませんが、取扱量の面で劣ることがスプレッドを大きくしています。取扱量の差は、電信売りよりも現金売りのスプレッドにより大きく影響します。
このため、米ドルやユーロ以外の現金を日本で両替することは著しく不利になってしまいます。
もちろん、「学生なのでクレジットカードを持てない」、「初めて行く国でATMが空港にあるか不安」、「ATMにカードが吸い込まれて戻らなかったらどうしよう(実際にあるそうです)」など、やむをえず両替したいという方もいらっしゃるかもしれません。その場合、アジアの近隣国ならば円の現金を持参し、現地で両替する方が得なケースが多いです(日本ではアジア通貨はマイナー通貨ですが、アジアでは日本円はメジャー通貨です)。または、一旦ドルや、欧州のマイナー通貨の国(トルコなど)ではユーロに両替して、現地で現地通貨に両替する方がはるかに有利なレートで両替できます。
一方、ドル、ユーロの両替については、日本で両替した方が現地でするよりもはるかに有利です。これは、日本ではドルやユーロはメジャーですが、アジア以外では円はマイナー通貨のため、取引量が小さく、不利なレートになるためです。
両替レートはどこでも同じではない
両替のレートも場所によって異なることには注意してください。場合によっては、手数料も徴収され、実際の手取り額が少なくなってしまいます。旅行前には十分な情報収集が必要です(その意味でクレジットカードはリスクが小さく楽です)。
一般的には、市中の銀行>空港>ホテルといわれています。市内の私設両替所はまちまちで、有利なところも多いのですが、不利なところもあります。なお、タイでは市内の両替所は銀行直営なのでレートは同じ。中国では、主要ホテルは銀行の代理店となっているので、レートは同じです。むしろ、空港の両替所で手数料をとるところがあるので、こちらの方が注意が必要です。
実際に、世界一周時のレートはどうだったのか
私は9月から世界一周旅行に出ていますが、現在までの訪問国のレートは以下のようになっていました(キャッシングは金利込みのレート)。ユーロについては、キャッシュレートとのスプレッド(2.5円)を乗せても現金売りレートは147.21円で、キャッシングのレートよりも1円と違いませんが、インドネシアルピアは、TTSレートですらカード払いやキャッシングのレートと比べると相当劣ります。日本国内には、ルピアのキャッシュを扱っている金券ショップがありますが、一番レートがよい店でもTTSレート並みのようです。
モロッコディルハムについては、キャッシュの取り扱いどころか日本でのTTSレートの提示すらありません。またモロッコでは日本円を扱っているところを見つけるのが大変なようです。最大の商業都市カサブランカでは空港や両替店で日本円を扱っているところがあり、そこではスプレッドは、中東の通貨や欧州のマイナー通貨並みで、現金レートの売買スプレッドも10%強でした。ドルやユーロに劣後するものの、まずまずのレートでした。しかし、地方都市では日本円はまず両替が難しいと考えた方が無難で、米ドルかユーロを持参するのが現実的でしょう。
カード払い キャッシング TTS キャシュ売り
インドネシア(100ルピア) 0.984 0.983 1.08 NA
モロッコディルハム 13.62 13.61 NA NA
ユーロ 147.24 146.94 144.71 147.21
(TTSはキャッシングと同じ日の三菱UFJ銀行の対顧客レート、キャッシングは金利込み)
リピーターの方は
一番無駄なのが、大きな金額を両替し使い残して再両替することです。現金の場合、ドルで5.8円(4%強)、ユーロで8円(5%強)の無駄です。その他の通貨の場合、さらに大きくなります。リピーターの方は持ち帰り外貨を保存しておいた方が、インフレを考慮してもお得です。
また、次回の訪問に備えて、両替所のレートを見て、「強い通貨」を確認しておきましょう。ここでいう「強い通貨」とはその時上がっている通貨という意味ではなく、スプレッドが小さく、その国で有利な条件で両替できる通貨です。持参すべき通貨を知ることができます。
結論
・海外旅行の両替は、ドル、ユーロ以外は現金での両替よりもカード払いもしくはキャッシングがお得。カード払いは、ポイントがつくことを考慮すると、一番コスパがよい。
・カード払いでは、円を選択せず、現地通貨決済にする。
・日本で現金両替してもよい通貨は、米ドルとユーロのみ。ただし、現地で円から両替するのではなく、日本で購入しないと割高になります。
・マイナー通貨であれば、カード払いかキャッシングが圧倒的に有利です。どうしても現金を準備したいというならば、アジア近隣諸国なら円を持参し、現地で換える(こちらは日本での両替は禁物)。その他の地域であれば、一旦米ドルに換え(欧州マイナー国ではユーロに換え)、現地で現地通貨に換えた方がよい。
・必要以上に両替し、使い残したり、再両替しない(カードでキャッシングしても、再両替のレートが不利な現金買いのレートであることには変わりがない)。再訪問予定があれば、持ち帰った方がよい(あるいは訪問予定の知り合いに譲る)。
・もし、使い残していた外貨やトラベラーズチェック(TC)が手許にあれば、すぐに円に換金せずに次回の海外旅行のためにとっておいた方がよいでしょう。特にTCは、第三国の通貨を買う時に、現金買いよりも有利なTTBレートが適用されます(ただし、取り扱いが停止されてしまったTCもあるので、まだ使えるか調べておく必要があります)。
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