灼熱の都心で涼を求めて庭園へ②:関口芭蕉庵(文京区)
都心の庭園シリーズの第二回目は、文京区関口にある関口芭蕉庵です。
「関口芭蕉庵」は、俳人・松尾芭蕉が江戸時代の初めに住んでいた言われる場所にあります。松尾芭蕉は『奥の細道』の執筆へと繋がる旅行へ出る前、神田上水の改修工事に携わったと伝えられています。このため、現場から近いこの地に3年間に渡り滞在していたそうです。その後、芭蕉を慕う人々により「龍隠庵」と呼ばれる庵が建てられ、後年に“関口芭蕉庵”と呼ばれるようになりました。
「関口芭蕉庵」都電早稲田停車場もしくは東京都交通局早稲田営業所から徒歩5分程度の場所にあります。または都バス白61で「目白台三丁目」で降り、徒歩6分で行けます。近くには、『椿山荘庭園』、『肥後細川庭園』もあり、庭園巡りも出来ます。
行き方ですが、神田川にかかる「駒塚橋」が目標です。
駒塚橋をわたると、胸突坂という坂が見えます。自分の胸を突くようにしないと登れないことからこの名前が付いたと言われています。文京区にはここ(目白台)のほかに白山、本郷にも同名の坂があります。
坂の下に通用門があり、ここから入ります。このほか、神田川沿いにある立派な正門(長屋門)がありますが、こちらは普段は閉鎖されているようです。
入口に地図があります。
芭蕉庵の入口先に、事務所と休憩所があります。芭蕉庵の往時の建物は戦災で焼失してしまい、現在残る建物は太平洋戦争以降に再建されたものです。江戸時代から、広重の絵にも描かれるほどの名所だったようです。
関口芭蕉庵は、東京の名湧水57選に選ばれている湧水池を中心にした池泉回遊式庭園です。湧水池を中心にした池泉回遊式庭園は明治時代の佇まいを残すよう園路には作庭当時の自然石が用いられています。
「古池や 蛙とびこむ 水の音」の句碑があります。この句碑は1973年(昭和48年)、芭蕉280回忌に建立されたものです。ただし、この有名な句が詠まれたのは深川の芭蕉庵でした。
「喜翁松宇 真中に富士聳えたり国の春」
明治から昭和にかけて活躍した俳人、伊藤松宇の句碑。伊藤松宇は晩年にここに住んでいました。
近隣にある『椿山荘庭園』、『肥後細川庭園』がよく手入れが行き届いており、とかく比べられがちですが、手を入れすぎず自然が残っている庭園もまたよいものではないでしょうか。涼しさという点では、こちらの方がむしろ優れています。
【開園時間】10時00分~16時00分
【休園日】月・火曜日、年末・年始
【入園料】無料
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