あちこち旅日記

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高級住宅地の豊島区目白、お屋敷街の文京区目白台

 皆様は、目白というとどんなイメージをお持ちでしょうか。多くの方はお屋敷街というイメージを持っていらっしゃるのではと思います。


 しかし、これは必ずしも正確ではありません。「目白」とはJR山手線「目白駅」周辺を指す場合が多いのですが、豊島区目白1~3丁目に加えて、近接する新宿区下落合も「目白」に含まれることも多いです。「目白」は都内屈指の高級住宅街で目白三丁目には尾張徳川家由来の『徳川黎明館』『徳川ビレッジ』がありますが、目白一丁目には学習院大学があり、文教地区としても知られています(注)


(注)徳川黎明会は名古屋にある徳川美術館の運営などを行っており、本部(総務部)は目白3丁目にありますが、こちらは内部公開を行っておりません。




 目白通りは街路樹が美しい通りです。

 目白駅近くには、江戸時代創業の和菓子屋さん「寛永堂」があります。目白本店とありますが、本店は京都にあり、1630年(寛永7年)創業です。この目白店は2012年(平成24年)に開店しています。天井がゆったりした喫茶室も用意されており、豪華な造りになっています。


  JR目白駅から徒歩5分、目白通りから一歩入った静かなエリアに「徳川ビレッジ」があります。庭と駐車場、メイドルームなどを備えた33邸の物件が立ち並んでいます。盛夏でも大木の緑蔭で涼しく、桜が満開となる春も美しいそうです。あいにく、ビレッジ内は撮影禁止のため、ホームページのリンクをつけておきます。入居者は、外交官や外資系企業の幹部の外国人が多いようですが、日本人の方もいらっしゃるようです。現在、公開されている空き物件の募集は見つけられませんでしたが、2年前の記事で月額150万円と紹介されていました。



 上京してきた地方出身の女子学生向けの徳川ドミトリーがありましたが、2023年春に閉館になってしまいました。


 現在、建物は取り壊されています。


 一方、田中角栄元首相の私邸「目白御殿」(現在は、娘の田中眞紀子さんの私邸になっており、目白通り側の土地の一部が文京区立目白台運動公園になっています)や日本女子大学附属豊明小学校(かつての大岡主膳正の下屋敷)、同附属幼稚園(かつての鳥羽藩下屋敷)の所在するのは文京区目白台です。こちらは、高級を通り越してお屋敷街の雰囲気が強まります。


 目白台は前回ご紹介した肥後細川庭園の裏手の目白通り沿いに当たります。庭園の西門を出ると「幽霊坂」があります。都内には他にもいくつか「幽霊坂と呼ばれる坂があります。「昼でも幽霊が出そうなほど暗い場所で」、あるいは「それほどに寂しい場所」など諸説ありますが、真相は不明です。


 幽霊坂を登ると、旧細川侯爵邸敷地内に和敬塾があります。国内外の様々な地域から集まった約400名の男子大学生・大学院生が共同生活を送っている学生寮で、株式会社前川製作所の創業者でもある前川喜作によって1955年(昭和30年)に設立されたものです。学生の在籍大学は約50大学にのぼります。OBには政財界で活躍する層々たる顔ぶれがおり、小説家の村上春樹さんも入寮していたそうです(1年生の時に退寮)。

 和敬塾は、オックスフォード大学やケンブリッジ大学の学生寮を参考にして構想されたと伝えられています。構内には、グラウンドやテニスコート、大講堂や24時間利用可能な自修室などがある学生ホール、武道場に日本家屋(和楽荘)、音楽練習場や各寮の地下ホールなどの多くの充実した施設を備えている。また、総勢約50名もの専任スタッフ(寮長を始めとする常駐の寮事務所スタッフ・管理栄養士を置く食堂スタッフ・設備メンテナンス専門の施設管理スタッフ・総合的事務を担う塾事務所スタッフ)が塾生の日常をサポートしており、うらやましい限りです。


 また、旧細川侯爵邸敷地内には日本・東洋の古美術を中心とした美術館「永青文庫」はあります。旧熊本藩主細川家伝来の美術品・歴史資料、16代当主細川護立の蒐集品などを収蔵展示しています。現在の理事長は18代当主の細川護熙元内閣総理大臣です。


 この日は、企画展の準備のために閉館していましたが、7月29日より9月24日まで夏季展「細川護立の愛した画家たち ―ポール・セザンヌ 梅原龍三郎 安井曾太郎―」が開催されています。

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