あちこち旅日記

乗り物好きの旅行日記。コスパのよい贅沢な旅がモットー。飛行機、鉄道の搭乗乗車体験記やグルメ情報をご紹介します。

近代史の視点からも興味深い五日市:武蔵五日市④(最終回)

 今回は武蔵五日市の旅4回目にして最終回になります。1回目(ドラマや映画の収録地)、2回目(Gメン75黒谷町シリーズ)、3回目(紅葉がきれいなハイキングコース)と異なる視点から見てきましたが、最終回の今回はちょっとお堅い内容ですが、近代史の視点から武蔵五日市をみてみたいと思います。


 五日市中学校の校庭脇に、「五日市憲法」の記念碑があります。五日市憲法とは、明治時代初期に民間で作られた私擬憲法の一つで、1968年(昭和43年)に発見されたものです。1881年に(明治14年) 当時は神奈川県だった五日市町で、五日市学芸講談会のメンバーの一人であった千葉卓三郎が起草したとされています。同年、国会開設の詔が出され、明治天皇の名の下に欽定憲法を作ることが示され、私擬憲法が議論の対象になることはなくなってしまいましたが、五日市憲法は当時としては画期的な内容でした。


 五日市憲法草案は全204条からなり、45条では自由権の規定がなされており、平等の権利、出版・表現の自由、信教の自由、結社・集会の自由などが条文として続き、150条では基本的人権について触れ、国民の権利保障に重きを置いていました。他にも国事犯(政治犯)に死刑は宣告されない権利、教育権、義務教育、自治権の絶対的不可侵規定等が盛り込まれていました。一方で、実際に制定された『大日本帝国憲法』に似て、強大な天皇大権を認め、その権限は議会よりも強いと定めていたことも大きな特色でした。


 五日市警察署の裏には五日市郷土資料館があります。

 郷土資料館には、旧市倉家住宅が併設されています。あきる野市指定有形文化財で江戸時代末に建てられた豪農(蚕農家)の民家です。
 

 旧市倉家住宅では季節毎にいろいろとイベントも開催されています。


参考になったら、「プロフィール」のバナーをクリックお願いします。過去の記事リストがあります。シリーズ通してご覧いただければ嬉しいです。

×

非ログインユーザーとして返信する