あちこち旅日記

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大泉学園という学校はない:西武線の不思議な駅名あるある

 今回は、西武池袋線・大泉学園に出没しました。西武線沿線には不思議な名前の駅がいくつかあるのですが、大泉学園もこの名前の学校が実在しないという意味で不思議な駅の一つです。






 駅の周辺にはタワーマンションが並んでいます。

 練馬区大泉学園町1~9丁目は大泉学園駅からは少し離れており、大泉井頭(いがしら)公園を水源とする白子川より北側にあります。西武池袋線の大泉学園駅は練馬区東大泉ですが、駅周辺一帯を指して大泉学園と呼ぶことも多いようです。地図をクリックしてご確認ください。



 白子川は大泉井頭(いがしら)公園を水源として清流が流れています。

ここが水源です。

 周辺は公園として整備されています。

 天然記念物のヤナギがあります。


 大泉学園の歴史は関東大震災後の1924年に遡ります。郊外住宅地への需要に応えるべく、箱根土地会社(後のコクド→プリンスホテル)が大泉村北部に大規模な学園都市の開発を図った際に、碁盤目状に街が整備され、村内を通過していた武蔵野鉄道(現:西武鉄道池袋線)に東大泉駅(のちの大泉学園駅)が開業しました。箱根土地会社は当初目指していた高等教育機関の誘致には失敗したものの、学園都市計画は大泉学園町に名を残しました。


 今は大泉学園という名前の学校は存在しません。大泉学園にはかつて東京都立大泉学園高等学校がありましたが、これは町名に由来して後から名付けられたものです。同校は1979年に開校しましたが、2005年に閉校し、旧大泉北高等学校と統合し、今は大泉桜高等学校になっています。


 また、旧制東京府立第二十中学校(1941年設立)を前身として1948年に東京都立大泉新制高等学校が発足し、現在では中高一貫校(都立大泉高等学校・中学校)となっていますが、こちらも学校の歴史の方が新しいです。


 また、駅の南側には国立東京学芸大学付属の小学校があります。こちらが大泉学園の起源と思っている方も多いようですが、開校は1938年で、大泉学園駅に駅名が改称された1933年よりも数年後でした。




 なお、小学校に隣接する地にはかつては東京学芸大学付属の中学校、高等学校もありましたが、現在は中高一貫の東京学芸大学附属国際中等教育学校に改組されています。同校への入学には附属小学校からの内部進学のほかは、帰国子女が対象となる帰国子女入試と一般入試がありますが、後期課程(高等学校に相当)については若干名の帰国子女のみしか編入学が認めれられていません。とても緑が多くグラウンドも広く、教育環境に恵まれている学校です。


 ところで、駅北側の東大泉2丁目には東映東京撮影所、東映アニメーションスタジオがあり、現在では大泉学園はアニメの街というイメージが強くなっています。かつて、西武鉄道の車両には「銀河鉄道999」デザインの1編成が走っており、松本零士さん直筆のサインが運転台の後ろにありました。現在でも、大泉学園駅の発車サイン音に銀河鉄道999のメロディーが使われています。


 なお、銀河鉄道スリーナインの車掌さんは正式に大泉学園駅の名誉駅長に任命されています。

 駅北口には、アニメをモチーフにしたフォトスポットがあります。懐かしい「あしたのジョー」です。

 駅から和光市駅南口行きのバスにのり2つめのバス停で降りると、

東映の撮影所があります(歩いても10分程度です)。

 また、隣接地には東映アニメ―ションミュージアムもあり、一般向けにも一部公開されています。事前にホームページから申し込んでおけば無料で入れます(現在は土日のみの開放)

 ただし、写真撮影は厳しく一部しか許されません。

 これから注目を集めそうなのが、牧野庭園です。ここは「日本の植物学の父」と呼ばれた牧野富太郎博士が大正15年(1926年)から昭和32年(1957年)に没するまでの32年間住んだ居宅と庭の跡です。故牧野富太郎博士は2023年度上期のNHK朝ドラ「らんまん」の主人公に決まっており、今年は訪問者が増えそうです。



 牧野庭園は学芸大附属大泉小学校のすぐ近くにあります。

 見事な庭園のほか 

 

展示館もあります。


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